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◆人生に通じる登山
この標題は、尊敬して止まない
夜回り先生こと、水谷 修さんが中日新聞に寄稿されている連載記事の8/4朝刊号のサブ見出しだ。
その記事内容を要約すると次の通りだ。
水谷さんは10代後半~40代はじめまで、休みの度に山に登るほど、無類の山好きだ。
ただ、その当時は踏破した山数や早く山頂に登る(いわゆる早登り)を競い合っていた。
それが32才の秋、八ヶ岳・赤岳に登った帰り、麓でキノコの土産物屋を覗いた折、
老店主のひとことが登山の仕方をガラッと変えた。
『ばかだね、あんたがた山屋は。
ゆっくり周りを見渡して、ゆっくり楽しんで山に登れば、いろいろな美しい物に出合える。
きちんと足もとを見て、一歩一歩味わいながら登れば、おいしいキノコにもいっぱい出合える。
人生と一緒。そんなに急いでどうするんだね。』
その言葉に衝撃を受けた水谷さんは、その日を境に
「のんびりとしかも度々立ち止まりながら、ただダラダラと山に登る」ようになった。
川のせせらぎや鳥の声に耳を澄ませ、いつも周りを見渡し、
美しい山野草やキノコと出合いながら、ゆっくりゆっくり頂きを目指す。
歩いている今をきちんと楽しむ山登りスタイルに変わったそうだ。
そして水谷さんは、こう結んでいる。
"ただひたすら お金や地位、権力を手に入れようとする生き方は、頂きだけを目指す早登り に通じ、
心を閉ざし、ずっと立ち止まってしゃがみこんだ生き方も、大事な今を捨てている。
だから、今を大切に 周りを見渡し、多くの美しいもの優しいものを求め、
でも必ず一歩づつ前へ進め" と…。
僕が山歩と呼ぶのも、まさにこのスタイルだ。
山を登りながら(時に下りながら)、花を中心とした様々な植物たちと出逢い、
その姿をカメラに収めながら、ゆっくりゆっくり登っていく(下りていく)。
時に頂きに至らなくてもいい(下りる場合はそうは行かない…遭難者になっちゃうから! 笑)。
山登り(山歩き)のスタイルが、生き方に相通ずるならば、
頂きに至らなくてもいい と云う考えは、人生の競争からの落伍を意味するのかも知れない。
だが、それでもいい。
水谷さん曰く、
"美しいもの(植物だけではない。時に風景やその時しか見られない一瞬の美景!)" に出逢い、
それで心満たされる事こそが、頂きに至ることよりも大事だ、と思っている。
(2008.8.15)
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