ヘッダーイメージ 本文へジャンプ



庭主の姉妹サイト
PDF植物図鑑:Plants-sheet.com 伊吹野山花:Ibukino-sanka.com





~ 雑 想 ~



ヘレン・ケラー

 

  先日、ひょんなことから二人の欧米人(米国&英国)の方と知己を得る機会に恵まれた。

  そのきっかけがこのサイトだから、やり続けることが大事、と改めて思った次第。

  (ちなみに彼らは奥さんが日本人で、日本語ペラペラだから、僕が英語で話しているワケではない(笑))

  さて彼らと、

  日本はもとより欧米含め、いまの世界共通の事柄として、

  心の声に触れる機会が減っており、

  それをして 他人を慮る配慮がどんどん無くなっているのではないか、との結論に至った。

 

  そんな折、奇しくも愛娘の(恒例の?)夏休みの宿題、読書感想文を手伝うために、

  ヘレン・ケラーの伝記を改めて読む機会を得た。

  みなさんもよくご存じの通り、

  ヘレン・ケラーは二歳を目前に病気に罹り(今日いわゆる インフルエンザ脳炎らしい事が判っている)、

  それまでの健常体から、

  目が見えない、耳が聴こえない、それによって話しが不自由という三重苦に見舞われた。

  その彼女が サリヴァン先生(アン・サリヴァン・メイシー)によって障害を克服し、

  "生きる望み" を得たことは、世界中に感動と感銘を与えるほど、有名な話しだし、

  正直僕自身もヘレン・ケラーと云えば、その部分しか知らなかった。

 

  しかし今夏、改めて読んで "生きる望み" を得た彼女はその後、

  自分と同じ障害を持つ人たちや 社会的弱者がより良く暮らせるように

  ロビーストとして活躍したことを初めて知った。

  (今更かぁ~?と云う声が聞こえ来そうだが…笑)

 

  "生きる望み" に目覚めた時を彼女は次のような言葉で語っている。

 

  『私の目となるはずのもの、それは奪われました。

   (でもミルトンの楽園は覚えています。)

   私の耳となるはずのもの、それは奪われました。

   (ベートーベンがやって来て、私の涙をふいてくれました。)

   私の舌となるはずのもの、それは奪われました。

   (でも幼き頃、私は神さまと話しをしたことがあるのです。)

   でも神さまは、私の魂だけは奪うことをお許しになりませんでした。

   それを持っている限り、私には全てがあるのです。

                         ヘレン・ケラー (訳:菊島伊久栄)

 

  さらに次のようにも語っている。

 

  『人生は、私たちが愛の中で育つようにと 神さまが与えて下さったものだと思います。

   香り高い、色の美しい花の中に太陽があるように、私の中には神さまがいらっしゃいます。

   - それは、私の暗闇の中の光であり、私の沈黙の中の声なのです。

                         ヘレン・ケラー (訳:菊島伊久栄)

 

  これらの彼女の言葉に触れたとき、

  "生きる望み" を得た彼女が、どれだけ嬉しさのあまり涙し、心震わせたことか

  またサリヴァン先生にどれだけ感謝していたか、

  手に取るように判るのは、僕ばかりではあるまい。

 

  それを裏付けるように、

  彼女はアン・サリヴァン・メイシーを死ぬまで "サリヴァン先生" と呼び続けたと云う。

 

 

                                     (2008.8.8)




雑 想


フッターイメージ