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◆ヘレン・ケラー
先日、ひょんなことから二人の欧米人(米国&英国)の方と知己を得る機会に恵まれた。
そのきっかけがこのサイトだから、やり続けることが大事、と改めて思った次第。
(ちなみに彼らは奥さんが日本人で、日本語ペラペラだから、僕が英語で話しているワケではない(笑))
さて彼らと、
日本はもとより欧米含め、いまの世界共通の事柄として、
心の声や魂に触れる機会が減っており、
それをして 他人を慮る配慮がどんどん無くなっているのではないか、との結論に至った。
そんな折、奇しくも愛娘の(恒例の?)夏休みの宿題、読書感想文を手伝うために、
ヘレン・ケラーの伝記を改めて読む機会を得た。
みなさんもよくご存じの通り、
ヘレン・ケラーは二歳を目前に病気に罹り(今日いわゆる インフルエンザ脳炎らしい事が判っている)、
それまでの健常体から、
目が見えない、耳が聴こえない、それによって話しが不自由という三重苦に見舞われた。
その彼女が サリヴァン先生(アン・サリヴァン・メイシー)によって障害を克服し、
"生きる望み" を得たことは、世界中に感動と感銘を与えるほど、有名な話しだし、
正直僕自身もヘレン・ケラーと云えば、その部分しか知らなかった。
しかし今夏、改めて読んで "生きる望み" を得た彼女はその後、
自分と同じ障害を持つ人たちや 社会的弱者がより良く暮らせるように
ロビーストとして活躍したことを初めて知った。
(今更かぁ~?と云う声が聞こえ来そうだが…笑)
"生きる望み" に目覚めた時を彼女は次のような言葉で語っている。
『私の目となるはずのもの、それは奪われました。
(でもミルトンの楽園は覚えています。)
私の耳となるはずのもの、それは奪われました。
(ベートーベンがやって来て、私の涙をふいてくれました。)
私の舌となるはずのもの、それは奪われました。
(でも幼き頃、私は神さまと話しをしたことがあるのです。)
でも神さまは、私の魂だけは奪うことをお許しになりませんでした。
それを持っている限り、私には全てがあるのです。』
ヘレン・ケラー (訳:菊島伊久栄)
さらに次のようにも語っている。
『人生は、私たちが愛の中で育つようにと 神さまが与えて下さったものだと思います。
香り高い、色の美しい花の中に太陽があるように、私の中には神さまがいらっしゃいます。
- それは、私の暗闇の中の光であり、私の沈黙の中の声なのです。』
ヘレン・ケラー (訳:菊島伊久栄)
これらの彼女の言葉に触れたとき、
"生きる望み" を得た彼女が、どれだけ嬉しさのあまり涙し、心震わせたことか
またサリヴァン先生にどれだけ感謝していたか、
手に取るように判るのは、僕ばかりではあるまい。
それを裏付けるように、
彼女はアン・サリヴァン・メイシーを死ぬまで "サリヴァン先生" と呼び続けたと云う。
(2008.8.8)
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