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~ 雑 想 ~



犬の時感覚

 

  これから書くことは、もしかしたらわが家の愛犬ハリーだけに当てはまる事かも知れない。

  以前、早起きは三文の徳の中で、ハリーとの早朝散歩について触れた。

  実は冬至を目前にした今でも、早朝散歩は続いている。

  とは云っても4時5時とは違い6時だから、かなり遅い時間なのだが、

  今の夜明けが7時ちょっと前ということを考えると、6時はまだまだ薄暗く、

  早朝であることには間違いない。

 

  相変わらずハリーは夜が白むと共に、元気に目覚めるのだが、

  人間である僕は正直、ヌクヌクとした蒲団からなかなか出られない。

  ともすれば寝過ごしてしまうことさえある。

  にもかかわらずハリーは、僕が起きてくるまでじっと待っている。

 

  それだけでない。

  スタート時間を問わず、家に戻ってくる時間はほぼ一緒だ。

  スタートが6時であろうと6時半であろうと、それなりのコース(時間)を採る。

  つまり僕が寝坊した分、自分の散歩コース(時間)を減らして調整するのだ。

  今何時だヨなどと教えたり、仕込んだ覚えは全くない、にもかかわらずだ。

 

  ハリーが時計を持つことなど、あろうハズもないが、

  だからと言って、時間が判るハズもない、と結論づけるのは、いささか早急な気がする。

  ハリーにしか判らない、何らかのトリガーがあって、

  時計を持たずとも、時間は判っていると、僕は思う。

 

  それは何なのか?

  答えは、ハリーの体に刻み込まれた体内時計ではないか、と思う。

  かつて本能の趣くまま動物的に生きていた時代、人間にもあったであろう物。

  理性で生きるようになって、身体の奥底に仕舞われた物。

 

  相変わらず夜明けと共にハリーに起される僕が、

  ハリーとの日々の散歩で中で何となく感じることだ。

 

                                     (2007.12.20)




雑 想


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