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~ 植物との語らい ~



水無月の由来について考える

 

  六月の古名(異名)は、水無月でした。

  この水無月、

  ほぼ一ヶ月遅れ(正確には22~23日遅れ)の旧暦相当では、現在の6/23~7/22にあたります。

  で、当初、その時期は梅雨明け頃と重なり、「梅雨明け十日」の諺もある通り、

  高温の少雨乾燥になることから、てっきり水無月なのかと思っていましたが、

  それであれば、現8月中旬の旧盆休みの頃(旧暦相当の7/20過ぎ)の方が

  よほどピッタリきますので、七月を水無月と呼んでもよさそうですが、

  実際には七月は、一般的に文月と呼ばれています。

  ですから、水無月の この根拠は説得力が薄いことは明らかです。

 

  では、どこに由来するのだろうか?と、調べてみたところ、

  水無月は「水の無い月」ではなく、意外にも「水の月」とのことでした。

  それであれば、梅雨時とも符丁しますので、理路整然としていますが、

  何故、水の月が水無月なのでしょうか?

 

  そのヒントは、十一月を神無月と呼ぶ事にあるようです。

  神無月の由来は、日本全国の八百万の神々が出雲に集い、

  近在の神様が一斉に留守になることにちなむとされますが、

  一方で、出雲に神様が集まることから、「神の月」と考えることもできるそうです。

  ですから同じ理論で、水無月は「水の月」ともなるワケですが、

  神無月の場合、近在の神様が居なくなると云う 裏づけ理由があります。

  けれども水無月の場合、水が無くなる説明が釈然としません。

  水が無くなる理由がないのであれば、"~の"の意味のために

  わざわざ混乱するような "無" を使う必要など無いように思われますが、

  神無月(かみなづき)の "" は元来、無しの意味ではなく、

  連体助詞 "" が、母音の影響で変化したものでした。

  それが後世、

  出雲に神々が集まり、近在の神様が不在になることを強調するために

  "" の音に似ている "" を当てて、表記するようになったらしいのです。

  そしてそれに倣い、みなづきも水無月と表記したようです。

 

 

                                     (2009.7.1)




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