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◆新暦について
今日は旧暦、すなわち太陰太陽暦(農暦とも)に対する新暦、
つまり現在の太陽暦のことについて触れてみようと思います。
何故かと云うと、旧暦(太陰太陽暦、農暦)が中国由来の東洋暦であるのに対して、
新暦(太陽暦)は西洋暦であり、
その語源をローマ(ラテン語)に得ることができるため
植物の学名を読み解くのにも役立つ、と考えるからです。
新暦について触れるまえに、
ギリシャ語、ラテン語の数詞を学んでおきたいと思います。
ご存じの通り、ギリシャ語/ラテン語の数字はⅠ、Ⅱ、Ⅲ、…のローマ数字ですが、
1つめ、1番目などを表わすのが数詞です。
ギリシャ語では以下の通りです(数字、数詞、数詞を含む身近な言葉)。
1.Mono- Monochrome(単色、変じて白黒)
2.Bi- Bicycle(自転車:2つの車輪の造語)
3.Tri- Triangle(三角形、楽器名)
4.Tetra- Tetrapod(波消しブロック)
5.Penta- Pentagon(五角形、アメリカ国防総省)
6.Hexa- Hexagon(六角形)
7.Hepta-
8.Octa- Octopus(蛸:八本足)
9.Nona-
10.Deca- Decimal(十進法)
ラテン語では以下の通りです(同じく数字、数詞、数詞を含む身近な言葉の順です)。
1.Uni- Unicorn(一角獣)、Universe(宇宙、世界)
2.Di- Duo(二人組み)
3.Tri-
4.Quarda- Quartet(4人編成)
5.Quinque- Quintet(5人編成)
6.Sex- Sixtet(6人編成)
7.Sept-
8.Oct-
9.Novem-
10.Decem-
さて、ラテン語の7~10の数詞を見て、お気づきのことはありませんか?
そう、@月を表わす名称の頭文字そのものです。
では何故、9月が7番目、
以降10月が8番目、11月が9番目、12月が10番目なのでしょうか?
それは現在の月の呼称が
紀元前750年頃の古代ローマ暦、ロムルス暦に遡る点にちなみます。
古代ローマ暦では3月が年初(第1番目)の月であった為、
9月を7番目、以降10月を8番目、11月を9番目、そして12月を10番目としたワケです。
しかし何故3月が年初の月なのでしょうか?
実は農耕と関係が深く、
春が来て、ローマ地方で農作業を始められる3月を、年初に設定したとの事です。
しかし古代ローマ暦ができた当初、n番めという月呼称だったのは、
何も9月以降だけではありませんでした。
実は7月や8月もでした。
この事は当時の農耕従事期間が3~6月のわずか4ヶ月だった事を物語るとされます。
すなわち、農耕に従事しない期間は、わざわざ月呼称を付けなくても、
暦を管理できるから良い、との判断だったらしいのです。
※ちなみに、3月の呼称Marchと、行進を意味するMarchの綴りが一緒なのは偶然ではなく、
ローマの軍神Mars(火星)が語源で、冬将軍を追い払い、
春が、そして人々が喜び勇んでやって来ることから、
どちらもMarchになったと云われています。
さて、この古代ローマ暦、
3月が年初で、12月が最後の月ですから、月数でいえば10ヶ月しか存在していません。
すっぽり2ヶ月分の60日間は抜け落ちていますが、
この期間は厳寒期で 降雪/積雪があり、農作業どころでは無かったので、
無視されたということですから、驚いてしまいますが、
当時はこれで良かったそうです。
天文観測の発達(地球の公転軌道の再計測)、それに基づく暦学の見直しで
ようやく空白の2ヶ月60日間に月が与えられます。
それを行ったのが、ローマ国王ヌマで、
12月に続いて1月と2月が設けられました。
紀元前713年の事とされます。
※ちなみに改暦が行われたのは、領土が拡張し 統一した管理が必要になった点、
それに伴い商工業が発達し、冬季も経済活動が行われるようになり、暦が必要になった点など、
様々な背景があるようです。
そして紀元前45年、
ローマ史上最も有名なカエサル=シーザー(ジュリアス=シーザー)によって
1月、2月が3月の前に置かれ、1月1日が年初に改められますが、
彼の名ジュリウス(ローマ標記でユリウス)を採って、ユリウス暦と呼ばれます。
加えて4年に一度、その最後(2/28)に閏日1日を加えて366日にするなど、
現在暦同等の正確さ(現在暦との誤差はたった44分!)が既に確立されました。
またこの際、従来5番めの月とだけ呼ばれた7月にJulyの名がふられます。
その由来は7月が彼の誕生月だったから、とされます。
さらにシーザーの死後、
跡を継いだ養子のオクタビアヌス(皇帝アウグストゥス)の命によって
8月にAugustの呼称がふられます。
その際、皇帝である自分の月8月が
シーザーの月である7月よりも日数が足りないのはけしからん、と云って
無理やり2月から1日分を持ってきてしまいました。
そのため、それでなくても他の月より1日少なかった2月が
さらに少なくなってしまったのは有名な話しです。
そしてこれにより、9月以降の "n番めの月" という呼称が
実際の月順と乖離したワケです。
ユリウス暦を改正し、現在の姿になった暦がグレゴリオ暦で、
1582年、ローマ教皇グレゴリウス13世が制定したことに、その名はちなみます。
※日本に新暦が導入された経緯や、その他補足説明は⇒ コチラ
(2009.3.1)
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