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◆植物を育てること、花咲かせることⅡ
先日頂戴した、春の子さんからの投稿 にお答えしようと思う。
植物と付き合う上で、実はもう一つ自分に課している命題がある。
それは、
『 生きとし生けるものを育てるとは、その命を預かる 』
ということだ。
僕のHPに共感し、ご覧いただいている方の中には、お子さんをお持ちの方もおられよう。
愛犬や愛猫、また小鳥やハムスターなどの小動物を飼っている方もおろう。
自分の子どものみならず、動物にはそういった気持ちを向けやすい。
でも動かず、表情を表わさない植物に対しては、どうだろうか?
確かに植物は自らの意思では移動しない。
でも表情はある、と僕は思う。
それを汲むのは人間であって、その行為が僕云うところの "観察"
だ。
PartⅠで "放ったらかし"
と書いたが、誤解を与えているかも知れないので、
改めて補足しておきたい。
植物に対して、僕が上から見下したり偉そうにしているのではなく、
植物と僕は対等の位置にある。
僕は、植物自らが生きようとする力を信じ、不足するところを手伝って補うだけだ。
例えばそれは植栽場所であったり、水やりだったりするわけだ。
信じていればこそ、最低限の世話しかしない。
僕も植物に媚びないし、植物も僕を頼らないから(もとより植物はそのつもりだが)、
対等の位置関係にある、と僕自身は思っているが、いかがだろうか?
ただ媚びない代わりに、その命を預かった責任はある、と思っている。
その命をイタズラに奪うようなことをしてはならないから、
枯れないように最低限、世話するだけのこと。
ましてやお金を支払ってまで、その命を預からせてもらったのだから、
最後までまっとうしなければ、その植物に対して失礼にあたる。
もし栽培できなくなって、どうしても棄てたり、枯らさなければいけないのであれば、
ちゃんと礼(感謝と反省)を尽くすべきだ、と考える。
ましてや犬や猫、その他小動物に比べて安いから、
その命も安い(軽んじていい)などと考えるのであれば、
とんでもない間違いだと、云わざるを得ない。
(2008.2.11)
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