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~ 植物との語らい ~



植物を育てること、花咲かせることⅡ

 

  先日頂戴した、春の子さんからの投稿 にお答えしようと思う。

 

  植物と付き合う上で、実はもう一つ自分に課している命題がある。

 

  それは、

  『 生きとし生けるものを育てるとは、その命を預かる 』 ということだ。

 

  僕のHPに共感し、ご覧いただいている方の中には、お子さんをお持ちの方もおられよう。

  愛犬や愛猫、また小鳥やハムスターなどの小動物を飼っている方もおろう。

  自分の子どものみならず、動物にはそういった気持ちを向けやすい。

  でも動かず、表情を表わさない植物に対しては、どうだろうか?

 

  確かに植物は自らの意思では移動しない。

  でも表情はある、と僕は思う。

  それを汲むのは人間であって、その行為が僕云うところの "観察" だ。

 

  PartⅠで "放ったらかし" と書いたが、誤解を与えているかも知れないので、

  改めて補足しておきたい。

  植物に対して、僕が上から見下したり偉そうにしているのではなく、

  植物と僕は対等の位置にある。

 

  僕は、植物自らが生きようとする力を信じ、不足するところを手伝って補うだけだ。

  例えばそれは植栽場所であったり、水やりだったりするわけだ。

  信じていればこそ、最低限の世話しかしない。

  僕も植物に媚びないし、植物も僕を頼らないから(もとより植物はそのつもりだが)、

  対等の位置関係にある、と僕自身は思っているが、いかがだろうか?

 

  ただ媚びない代わりに、その命を預かった責任はある、と思っている。

  その命をイタズラに奪うようなことをしてはならないから、

  枯れないように最低限、世話するだけのこと。

  ましてやお金を支払ってまで、その命を預からせてもらったのだから、

  最後までまっとうしなければ、その植物に対して失礼にあたる。

 

  もし栽培できなくなって、どうしても棄てたり、枯らさなければいけないのであれば、

  ちゃんと礼(感謝と反省)を尽くすべきだ、と考える。

  ましてや犬や猫、その他小動物に比べて安いから、

  その命も安い(軽んじていい)などと考えるのであれば、

  とんでもない間違いだと、云わざるを得ない。

 

 

                                          (2008.2.11)




植物との語らい


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