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~ 植物との語らい ~



花と向きあいて

 

  今夏から花(植物)を写すとき、始めにお願いしますと一礼、撮り終えての再礼を始めた。

 

  花(植物)を撮り始めたのが4年以上も前のことだから、何を今更とお叱りを受けそうだが、

  初夏の とある撮影時に『無礼であろうが!』と、聞こえたことがきっかけだ。

  まわりに居る人に聞こえた風もなく、僕だけが聞こえたようだった。

  空耳じゃねェの、と云われるかも知れないが、確かにハッキリと聞こえた。

 

  考えてみれば、花(植物)との向き合いは一期一会だと思う。

  「花(植物)なんて、いつでも撮れるじゃん」と云われる方もおいでになろう。

  確かに花(植物)に興味が薄い方から見れば、

  花が咲いていれば(植物が枯れていなければ) いつでも同じような写真が撮れる、と

  思われるだろう。

 

  でも、わが家で共に暮らす植物はいざ知らず、

  出かけた先で出逢った花(植物)に、同じ状況で再会することはできない。

  確かに今、花咲いている(生きている)植物は、また来年芽吹き花咲くかも知れないが、

  それは来年の状態であり、今年と同じように芽吹き花咲くとは限らない。

  もしかしたら、今がその植物にとって、最も美しい状態かも知れないのだ。

 

  人物写真家が相手と対する時、 一期一会の気持ちで望む、との記事を読んだ事がある。

  花(植物)撮影で向き合うのも、それと何ら変わらない。

  (無論、写真家はプロ。こちらは素人と云う隔たりこそあるが…)

 

  ただ一期一会は人、花(植物)、動物相手とは限らないだろう。

  たとえ写す対象が静物であったとしても、写すという行為自体が一期一会ではないのか。

  人為的に、その時の光や影をまるで同じにすることができたとしても、

  心の状態を一にすることは至難の技だと思うからだ。

 

  だからこそ、花(植物)と向き合い、その姿を収める時、

  一礼再礼するのは相手が生きていればこそ、自然なことだと思うのだが、

  いかがであろうか?

 

                                          (2007.9.28)




植物との語らい


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