ヘッダーイメージ 本文へジャンプ



庭主の姉妹サイト
PDF植物図鑑:Plants-sheet.com 伊吹野山花:Ibukino-sanka.com





~ 植物との語らい ~



薬草の山、伊吹

 

  夏の訪れとともに伊吹の山は、様々な花色に染めあがって行く。

  色とりどりのお花畠を、今われわれは鑑賞目的で愛でているわけだが、

  その大半が有用植物、いわゆる薬草であることは、一般的にはあまり知られていない。

 

  そして不思議と、伊吹の名を冠する植物は数多い。

  伊吹虎之尾、伊吹防風、伊吹麝香草、伊吹鳥兜、伊吹伶人草、伊吹風露、…など

  枚挙にいとまがないほどだ。

  伊吹の名が付かなくとも瑠璃虎之尾など、伊吹の固有種もある。

 

  また織田信長がポルトガル宣教師、カブラルに薬草園開設を許したと言い伝えられている。

  信長は早くにその有用性を看破していたのだろう。

  しかし残念なことに信長死後、その所在地は不明のままだ。

  信長に次いで権力者となった秀吉、家康ともに、その遺産を継承しなかったことが面白い。

  そこにどんな思いがあったのだろうか。

 

  さて何故、伊吹の山が薬草の山として知られたのだろう。

  それは立地条件に密接に関係している、と思われる。

  地形的には本州のほぼ中央部に位置し、比較的低山(1,377m)でありながら、

  日本海側にも近く、周りを遮る高山が他にないこと。

  地質的には太古の造山隆起運動によって出来た、全山が石灰岩質であること。

  それによって、北方系植物の南限や南方系の北限となり、

  寒冷地性植物と暖地性植物の混生が、多種多様な植生を産み出した。

 

  加えて、時の権力者地域、京都・奈良、尾張から近く、

  手頃な高さであることも手伝って、古くから踏破探査されて来たことは容易に察せられる。

  だからこそ、日本武尊が戦う伝承の地となったり、

  上述のような伊吹の名を冠する植物が相次いで発見、命名されたのだろう。

  そのことで江戸時代には京、尾張・美濃で本草学が盛んになった。

 

   この夏は美しい花を愛でるだけでなく、

   その植物の有用性に触れることで、更なる楽しみが増えることにつながれば幸いだ。

 

  *伊吹の名を冠するからと云って、伊吹山だけに自生しているわけではない。

   その多くを中部高山帯や寒冷涼地など、各地で目にすることができる。

 

  *本草学

   植物のみならず、動物や鉱物など自然物を調査研究し、治療薬に用いようとした学問。

   その観点から、医学や薬学と捉えることもできるが、

   幕末~明治初期の日本の植物学、博物学や分類学の発展に多大な貢献を果たした。

   尾張本草学は水谷豊文や伊藤圭介はじめ、数々の先達を輩出した。

 

                                          (2007.7.25)

 

伊吹虎之尾

伊吹麝香草

伊吹防風

伊吹虎之尾・タデ科

伊吹麝香草・シソ科

伊吹防風・セリ科

伊吹鳥兜

小伊吹薊

伊吹風露

伊吹鳥兜・キンポウゲ科

小伊吹薊・キク科

伊吹風露・フウロソウ科




植物との語らい


フッターイメージ