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◆薬草の山、伊吹
夏の訪れとともに伊吹の山は、様々な花色に染めあがって行く。
色とりどりのお花畠を、今われわれは鑑賞目的で愛でているわけだが、
その大半が有用植物、いわゆる薬草であることは、一般的にはあまり知られていない。
そして不思議と、伊吹の名を冠する植物は数多い。
伊吹虎之尾、伊吹防風、伊吹麝香草、伊吹鳥兜、伊吹伶人草、伊吹風露、…など
枚挙にいとまがないほどだ。
伊吹の名が付かなくとも瑠璃虎之尾など、伊吹の固有種もある。
また織田信長がポルトガル宣教師、カブラルに薬草園開設を許したと言い伝えられている。
信長は早くにその有用性を看破していたのだろう。
しかし残念なことに信長死後、その所在地は不明のままだ。
信長に次いで権力者となった秀吉、家康ともに、その遺産を継承しなかったことが面白い。
そこにどんな思いがあったのだろうか。
さて何故、伊吹の山が薬草の山として知られたのだろう。
それは立地条件に密接に関係している、と思われる。
地形的には本州のほぼ中央部に位置し、比較的低山(1,377m)でありながら、
日本海側にも近く、周りを遮る高山が他にないこと。
地質的には太古の造山隆起運動によって出来た、全山が石灰岩質であること。
それによって、北方系植物の南限や南方系の北限となり、
寒冷地性植物と暖地性植物の混生が、多種多様な植生を産み出した。
加えて、時の権力者地域、京都・奈良、尾張から近く、
手頃な高さであることも手伝って、古くから踏破探査されて来たことは容易に察せられる。
だからこそ、日本武尊が戦う伝承の地となったり、
上述のような伊吹の名を冠する植物が相次いで発見、命名されたのだろう。
そのことで江戸時代には京、尾張・美濃で本草学が盛んになった。
この夏は美しい花を愛でるだけでなく、
その植物の有用性に触れることで、更なる楽しみが増えることにつながれば幸いだ。
*伊吹の名を冠するからと云って、伊吹山だけに自生しているわけではない。
その多くを中部高山帯や寒冷涼地など、各地で目にすることができる。
*本草学
植物のみならず、動物や鉱物など自然物を調査研究し、治療薬に用いようとした学問。
その観点から、医学や薬学と捉えることもできるが、
幕末~明治初期の日本の植物学、博物学や分類学の発展に多大な貢献を果たした。
尾張本草学は水谷豊文や伊藤圭介はじめ、数々の先達を輩出した。
(2007.7.25)
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伊吹虎之尾・タデ科
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伊吹麝香草・シソ科
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伊吹防風・セリ科
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伊吹鳥兜・キンポウゲ科
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小伊吹薊・キク科
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伊吹風露・フウロソウ科
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